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東方鈴奈庵 第48話「本居小鈴の葛藤」の感想

月刊コンプエース2017年4月号掲載
東方鈴奈庵 第48話 「本居小鈴の葛藤」


思わず話のタイトルを二度見したが、第1話以来の前後編ではない単発話?
しかし最後まで読むと単に誤植なだけという気がしなくもなかった。
いかにも前後編のような終わり方だし、何より鈴奈庵や三月精の話タイトルは
単行本では修正されているものの、連載時には何度か前編後編の記述が抜けていたことがあったので……。
ちなみに柱に書かれている相即不離とは、互いに密接に関連していて離れないこと、らしい。


今回は前回よりちょっと増えて16ページ。
もし7巻も8話入りだとしたら、単行本が薄くなるなあと心配になってしまう。
内容のほとんどは、46~47話で小鈴が阿求の幻想郷縁起を読んだことによるおさらいのようなもの。
加えて前回マミゾウの正体を知らされたことによって生じた疑問を、小鈴は鈴奈庵に訪れた魔理沙に尋ねることにしたようだ。

人間の里における妖怪の影響や、幻想郷の縁起、妖怪と人間との関係性についてを含め
人間がいなければそもそも妖怪は存在しえず、(幻想郷の)人間を存続させるために妖怪が
秘密裏に里を守っていることが分かりやすく再度説明される。
妖怪が里を守る具体的な事例は、鈴奈庵44~45話にて描かれていたとおり。

魔理沙にひとしきり質問を投げかけた小鈴は、魔理沙がまだ何か重要な事実を
隠している気がしてならないらしい。マミゾウが化け狸であることをずっと黙っていたこともあって、
マミゾウ含めて敵だとは考えられないものの、妖怪退治をしている人間の立場について怪しさを感じているようだった。
そんな小鈴を遠くから見ている人影がひとつ……。


魔理沙の話を聞いて自問自答しているうちに、妖怪が敵か味方か分からなくなった小鈴は阿求の元を訪れる。
あくまで妖怪は人間の敵であるというスタンスを崩さない阿求に
小鈴は人間は妖怪無しでは生きられないのだから妖怪は味方ではないか?
妖怪退治する人間はつまるところ人間の里を脅かしているのでは? と疑問をぶつける。
そんな小鈴の様子に呆れた阿求は、質問すれば答えが返ってくると思っている小鈴をたしなめたが
小鈴は馬鹿にされていると思い怒る。

ここで阿求が言っている”世界は無限で構成されており真実も無限に存在する。真実が無限に存在するということは自分で最適な真実を選ばなければならない”という台詞
一見難しいことを言っているように聞こえるが、ここは真実という言葉を用いているのがミソで
真実とは人それぞれの立場や環境によっていくらでも変わる主観的なもの
つまり解釈に近く事実と違って客観性のあるものではないので、無数にあって当たり前のもの。
英語でも事実はFact、真実はTruthと明確に使い分けられているくらいなので
ここは真実という言葉を用いていることに意味があるのだろう。
阿求の言っていることは極めて普遍的な話だが、これは東方Projectという作品自体に通底している真理のひとつでもあると思う。

たとえば東方Projectにおいて、ひとつの事実に対して複数の真実があることはしばしば散見される。
特に書籍などでは顕著で、阿求や文の主観で描かれた(という設定)の場合
そのキャラクターの主観が必ずしも事実を述べているとは限らない場合がある。
それはキャラクターそれぞれが持っている情報や立場によって知らなかったり
解釈が異なったりしていることによって起こっている。
今回の設定おさらいも、あくまで魔理沙と小鈴の知り得た範囲の情報でしかない。
おまけに書籍では妖怪や人間から修正を求められたり、あえて脚色を入れたりしているのだから
ファンの間でも解釈の分かれる設定は多い。そういった虚実入り混じり
全てを知っているわけではなかったりするキャラの台詞の中から何が事実なのかを探る
東方はそんな遊びができる作品でもある。
ZUN氏が阿求にこんな台詞を言わせた真意は、そういったところではないかと個人的には考える。

しかしそれとは別に、なぜこのタイミングで阿求がこの台詞を言ったのかということについて言いたいことがあるのだが
それは外來韋編参に掲載されている香霖堂3話の感想にて述べたい(予定)。
鈴奈庵と一緒に読んでしまったが、そちらのタイトルも「多数の真実がある世界」である。
話としては繋がりはないものの決して無関係ではない(と思う)。

小鈴の疑問に対して、阿求は人間にとって妖怪は敵であるという選択をするのが
人間の里にとって最適だからそれが真実だと答える。
小鈴は敵に人間の里の命運を握らせているのが最適な真実なのかと返すが
阿求は妖怪は敵だが必須の存在なので矛盾はしていないとさらに返す。
だから勘違いして妖怪に味方したりしないでね、と残して阿求は立ち去った。


稗田邸を後にした小鈴は、自分を子供扱いする阿求に文句を言いながら帰途につく。
「真実を自分で選んで良いなんて詭弁がまかり通るなら何でもありじゃないの」と言うが
先程の真実についての話と合わせると、ファンや二次創作に対する含みを大いに感じるのは自分だけであろうか。

ZUN氏は去年から設定に関する質問はするなと再三言っている(2軒目ラジオVRの記事などを参照)。
それは質問をすることによって設定が確定し、二次創作ができなくなるからというようなことも言っている。
外來韋編弐のインタビュー(10P)でも、答えがありそうだけど調べても分からないものが
東方には求められていると言っており、そういったことに対するアンサーがあの阿求の台詞にあるのではないか。
曖昧な中から自分だけの真実を選び出す、もしくは勝手に設定を作ってしまう
そういう二次創作の在り方に言及しているのではないか、と思えてならなかった。


帰途につく小鈴に何者かが声を掛ける(先程の人影と同一人物か?)。
百物語のときに一緒だったと語るその人物は……なんと紫。
百物語のギャグで出てきたのを本当に前フリにしてしまうのも驚きだが、
有力な人妖の交錯する幻想郷の火薬庫こと、鈴奈庵に紫が現れたのはどういった意図があるのか。
危ない道に突っ込みそうな小鈴を軌道修正しにきたといった辺りが適当に思えるが
紫が現れるとなんとなく作品もも一区切りに向かっているのかな? という気もしてくる。
実際には単行本収録分もまだ3話しか貯まってないのでしばらく続くんだろうけど。


とまあ色々書いたものの、要するに言いたいことは
ここで自分が書いていることも自分で選んだ真実の一つであって、事実とは異なる場合がありますよというお話。
というわけで香霖堂3話の感想に続く。

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